昭和46年5月18日 朝の御理解


 御神訓『若い者は本心の柱に虫を入らせなよ』


 『若い者は本心の柱に虫を入らせなよ』若い者でも、年をとったものでも、本心に、の柱に虫を入らせてはならんのですけれども、とりわけ若い者と。ね。やはり、若い者の考え方は甘い、または浅い。それは年をとるにしたがって高尚になっていくわけです。
 そういう若いという、いわゆる、まだ若い若いというようなことを申しますが。あの、若い、言うならば新芽のようなもの。いわゆる、やはり虫が付きやすいというのは、植物でも同じであります。
 ですからその、本心の柱に虫が付きやすい。それで、心がけにして頂かなければならんことは、心がいつも神様に向かっておるかどうかと。もちろんこれは、「若い者は本心の柱に虫を入らせなよ」と仰る、これは「信心を頂く者」ね。「信心をさせて頂く若い者」というふうであろうとこう思いますがね。ですから、「信心の柱に虫を入らせなよ」ということになるのだろう。
 どうしても若い時には、とくに理想に走ります。ね。けれども、それを年をとった者から見ると、非常に危険に見えましたり、ね、いたしますわけですけれども。
 「本心の柱」と。虫が入る所から、言わば枯れてしまうという結果になるわけですから、虫の為に、または、成長が伸び悩み、縮んでしまうということにもなるのです。ね。ですからこれは、信心の若い者、ね。ということにもなるのです。
 昨日、それぞれの合楽のご信者さん方の合楽会でございましたが。昨日は、10人、会に10人のかたが集まっておられましたけれど、十二時ちょっと過ぎまでぐらい。ほんとに信心の話よりも尽きぬように、御利益の話が出ましたんですけれどね。
 ここに信心の、ここに教会ができまして、三年間ですかね、まる三年。教会になりまして三年でしたよね。布教所時代がある。
 もうほんとに合楽の方達は、まあ、とにかくというくらいにお参りがありましたですね。そして、「金光様っちゃ有り難い」「金光様っちゃどんな神様か知らんじゃった」と言う人達が、ほんとにお参りがありました。その方達が、まあ、またほとんど信心を止めていってしまいました。ね。
 あれは、お話を頂く感動に、始めて頂く天地の大恩に、ね。今まで聞いたことも無い、または、「天地の御恩徳」といったようなことをです、お話に聞くのですから、まあ皆が、一応「なるほどなるほど」と合点されて、熱心に参っておられ、また、熱心におかげを受けておられました。それがだんだん、一人減り、二人減りして、もう一時は、( ? )ばかりなっとりましたが、最近では、ただその方達の中から、いわゆる、ほんとうなものが分かり出してきたとでも申しましょうかね。
 たとえて申しますなら、あの、私は、誰だって自分の願いというものの中に、やはり、誰かれのこと、または、まあ、願うだけなら世界中のこと。ね。世界、天下国家のことまで祈らせて頂くのでございますけれども、修行どもさせて頂いて、その、自分以外のもののことを願う祈ると言うか。(しじょうを?)させて頂き、とでもまあ申しますなら、村内なら村内全体のことを願うといったような方達、方は、やっぱ少ないもんです。ね。
 それを、そういう中にですね、もう必ず、こちらに最初からのかたですけれども、最初と( ? )を併せて「合楽」というわけですね。もうその最初の村全体のことを知るから、願えるかたがあります。しかも日々ですね、村の様々な行事があります。様々な会合があります。問題が、村の問題が起こります。必ずそのお取次ぎを願われる。
 昔から、「小村根性」というて、小さい村では、もう問題にならないようなことが問題になるような、あの、事実がいくらもあるわけです。それを私自身が、お道の信心がだんだん分からせて頂いたら、もう、いよいよ問題が問題でなくなってくる。まあ、自分は、私はせんといたって、こげなことが問題になったのでしょうけれども、信心をさせて頂くようになったら、問題が問題にならない。それが有り難い結果になっていくのですけれども、なかなか問題が、ちょっとしたことでも問題が多い。それで村内全体の方達が、お道の信心をされるようになられたら、まあどんなにか素晴らしい村内になることであろうか、というのが願い。ね。
 私はいつも、実はそのこと話したんですけれどね。ほんとに、心でお取次ぎをさして頂いてから、ほんとに心強い感じがいたします。お取次ぎを受けられて願われる。ね。毎日、(  ?  )のはらえつなどを奉られてから、ね。さじで氏子中というお届けがあります。ね。
 そのようにしてです、一時信心をされ、一時信心が断絶するのではなかろうかというようなところも通られたけれども、また、ほんとなことが分かって、だんだんそのほんとのことを求めて、信心に入ってこられる。
 皆さんのお話を聞かせて頂いても、ほんとに有り難い。ですからその、一応はですね、お参りをする、お話を頂く。それは、一人一人が人相が変わるくらいに変わりますね、一時は。(物を取るくらいに思います。で、物を取ると?)確かにそうです。表情が柔らかになる。柔和になる。心のシコリがとれてくる。「ほんとにあほうして、こげな有り難か信心ば離しじゃったじゃろうか」というて、皆さんが言われる。またみんなそうです。ね。
 んなら、そのようにだんだん信心が有り難うになられてから、もう大丈夫いということはありません。いわゆる、本心の柱に虫がつくのですね。そして、だんだんそこからその、言わば伸び悩んだり、または枯れたりしてしまうわけです。ね。まあそれでも、敬親会とか大祭とかという時には、まあ、大勢お参りになりますから、枯れてしまっておるとは思われない。金光様の信心ちゃ、ほんとに、まあ有り難い信心だということだけは分かっておられるけれども、なんとはなしに伸び悩んでおるということ。ね。
 それでまあ、やはり私は信心が若いからだと思いますね。若いから、ちょっとした、例えば、障害がありましても、ちょっとした、人の中傷がありましても、ね。言わば、それに、そこを乗りきってくるというものがないわけなんです。けどそういう意味では、私は、これは信心が若い者。年をとっておっても、まだ信心が若いという。ね。
 まだまだ三年五年では、信心は迷いやすい。十年と信心が続いたら、われながわが心をまつれと。せめて、その有り難いとか、ほんとのことが分かる楽しみといったようなものが、十年は続かなければダメだ。それは、本心の柱に虫が、まあ寄り付いてくるような場合もありましょうけれども、それを、例えば虫がついても、そのぐらいなことはもう平気でおれれるような信心に成長して行くわけです。
 かというてです、また「信心の老化現象」と申しますかね。信心はもう何十年しござるけれども、若々しさがない。ね。高尚ではある、高尚にはなっておるけれども、信心の生き生きしたものがない。そうすると、今度はですね、信心が枯れるのではなくてですね、おかげの方が枯れてくるんです。
 信心て、ね、もうとにかく生きた神様を拝むのですから、私どもの心自体が生き生きと、それは、新の、いわゆる、もうさらなようなものが必要なのです。生き生きとしたもの、日に日にさらというわけです。ね。
 あまり若いのでは、虫がつきやすいけれど、ね。あまりに老けてしまう、老化してしまう。すると、今度は、ね。金光様の信心を止められる。そら有り難いことが分かって、ね。お参りもしよる、言わば、毎日でもお参り、日参するのも、お参りしなければ気持ちが悪いごとなってくる。けれども、おかげのほうが生き生きしたものになってこない。神様の一分一厘間違いなさが、ね。いわゆる感じられなくなってくる。鈍感になってくる。そこから、ここから、心から湧いてくるような喜びも頂けないわけであります。ね。心が若返るということは、それは有り難いですね。
 今私ここへ就かせて頂いたら、あの花があるでしょう。あの、昨日、あちらこちらから祝電を父が受けております。昨日、父の八十八回の誕生を迎えさして頂きましたので、お礼のお祭りをさせて頂きました。そんなわけで、親戚のほうでもみんな集まりましたが、まあ甥やら姪やらというのが、ほんとにその祝電を打っておるんです。
 で昨日、全部それお届けさして頂く為ですけれども、昨日、その後にまた来ておったのでしょう、今ここにおいてありました。これが、父の甥にあたるかたでございますけれども、こういう伝言です。
 「米寿のお祝いを心から、お祝い喜び申し上げます。人生はまだこれからです。明治青年がんばれ。大正小僧より」ていうて、まあ頂いてます。ね。
 まあ人生、八十八のおじいさんをつかまえてから、人生はこれからだと言っておられる。ね。そして、それを「明治青年」と言った。「明治青年がんばれ。大正小僧より」と。私よりか、(   ?   )ですからね。もう髪はその、ハゲちからもう、じいさんのごとなっとりますけれどね。それが「大正小僧」と言うとる、自分のことを。ね。そういう意気でがんばって下さいというわけなんですよ。
 で今朝、教典を開かせて頂いたら、ここんところを「若い者は」というところを頂くのです。ですから、これは、若い者はなるほど、本心の柱に虫を入らせてはならないけれども、私どもは、いつも信心の老化現象を防がせて頂く意味合いにおいてです、ね。明治の人は、やはり「明治青年」であり、大正生まれの人は「大正小僧」であるというようなです、そういう若々しさが必要だと。
 それで私が、( ? )休ませて頂きます時には、もう十二時半でございました。まだ愛子が一人おった。そしたら、勝手の、勝手のほうではない、茶室のほうのあの、いわゆる電気が点いとりますので、そしたら父が起きてきとりました。「ほら、いっちょん( ? )」て、もうここでつまっとろうあんごと思うたけんで、起きてから、今日、つみ、あそこ(  ?  )ね。「ほう」ってわけですね。もう若返ってるわけです。( ? )
 例えば戸がつまっとられるようなことを思い出してから、(   ?   )起きてくるなんてですね、はあ、そしたらつまっとったらしいから、庭に降りてから、また上がって行きよるところと、ちょうど私とばったり会いましたから、それで私が、部屋まで送って休んでもらいましたけれどね。という、昨日の自分の、まあ、生涯最後で、だったでしょう。皆さんから祝福を受けて、そして、あの、それこそ、有り難し、有り難し、「ただ有り難し有り難し、これより先は稚児に返りて」などというような、もう扇子に書いとるんです。ね。これから先は、もう乳飲み子に返る、返るという意味なんです。ね。そういうような、いわゆる心が、そういう若々しいおかげを頂いております。
 で私も昨日、合楽の、また来た一人の父の兄弟です、六人兄弟の五人が亡くなりまして、( ? )いってるんです、あんたの父は、歯とはもう一本になってしもうてるんですからね、今度は入れ歯どんせんの、ち、から言われた。もう、入れ歯入れりゃいいですからね、歯を入れてるのだけれども、入れなかったんですけれども。んなら、どうでんこうでんち、入れ歯、私もここへ入れましたら、「ほなら入れ歯を入れようか」ち言うた。ほんとに、私が入れ歯を勧めてから、ね、少しは堅い物を頂けるようにおかげ頂きよるもんだ、というふうに思っとりますけれどね。
 人間の心に、そういう何か瑞々しいとかね、若々しいようなものが、あの、たった一日でね、父の心の中に頂けてきておる。とても親教会に参拝などと、つい二、三日前までは、とても思いもつかなかった。私が言い出しきれないぐらいに、まあ言うならば、祝った感じでございましたけれども、ね。
 ここ二、三日で、えらいその、そういう雰囲気で、もう昨日でも、親教会にお礼に出らせて頂きまして、皆の祝福を、ちょうどお月次祭でしたから、皆さんまだおっておられましてね、祝福を受けて、それから、自動車がすぐ玄関まで横付けでしたけれども。あの、奥城にお礼にさしてもらう為、あそこまで歩いてから、奥城にお礼参拝さしてもらって、まあ帰らして頂くといったようなおかげを頂いております。
 ですから、んなら私どもの信心もです、ね。まあその、若い人が、ひとつ本気で、どのような虫が寄りついてまいりましても、それを寄りつけんだけの元気な心が必要であるということは、どのような場合であっても、心が神様にすぐ直結する。どんな場合でも、すぐ心が神様へ向かうというようなところに、心の定規を押し当てていかなければならんでしょう。
 また、信心の老化現象ではなかろうか、と思われる、昔のような瑞々しい生き生きとした喜びを感じられなくなった。「始めの間は、ようおかげを頂きよったけれども、この頃はおかげ頂かんごとなった」というような人達の場合にはです、私は、そこのところに一工夫要るのじゃないだろうか。ね。
 「明治青年」でありたい。「大正小僧」に返らなければならない、というふうに思うのです。
 今日は、「若い者は本心の柱に虫を入らせなよ」という御教えでございましたけれども、その御教えには、あたらなかったかもしれませんけれど、昨日、父の御礼祭を仕えさして頂いて、ね、そういう実際の肉体もです、ね。ちょっとしたそこにショックというかね、刺激というか、を与えさして頂きますと、心に瑞々しいものが生まれてくるようになりますように。信心もやはりです、場合には、やはり刺激を与えなければいけません。ね。
 昨日、合楽会で表行の話が出ました。お滝に水をかかりに行く、といった、お水を頂くと。もう修行の中では、もう水を頂くとが一番見やすい修行だといったような話が、若い信心の方達には、そういう表行。
 だんだん信心が高尚になってまいりますと、もう金光様の信心は、ね。『表行よりは心行をせよ』と言われるくらいだから、というようなふうになりましてね、表行なんかはおかしいぐらいになってくる。なるほど、表行良いとは思われません。けれどもやはり、表行でもさして頂く、言わば信心の若々しさがね、必要であると思いますね。どうぞ。


明渡 孝